50歳近くになっても生活は決して豊かではなかった雨雀。妻のきぬは 愚痴も言わず境内の料亭で働き、家計を助けた。しかし昭和2年に長女千代が30歳で生涯を閉じ、16年にきぬも病死する。糟糠の妻と娘を失うという耐えがたい悲しみの中、太平洋戦争が勃発する。孫娘の静江とともに雑司ヶ谷を離れ、郷里の青森県黒石に疎開する。そんな中で、絶版となっていた童話集「太陽と花園」が東京で再販されることとなり 「これが私を東京と結びつけるたった一つの窓であった」と述べている。
22年に青森で歌人・石渡たきと結婚し上京。23年9月、池袋に舞台芸術院を開校、学院長となり新劇人の養成にあたっていくのである。しかし上京5年後に妻のたきが病死。僅か5年数か月の結婚生活であった。
雨雀は70歳を過ぎていた。肉親に薄幸だった彼にまた不幸が覆いかぶさる。昭和5年10月に秋田県の採草地で孫の静江が服毒死体となって発 見されるのだ。 「手を拡げて小さき実をこぼす初霰」 手を拡げた老いた詩人の指の間から最愛の小さな実をこぼしてしまったと失望の中においても全て自分の責任と受け止めるのである。
愛する第二の故郷 雑司ヶ谷で永遠の眠りへ
80歳の時に、郷里の知人の姪・盛いくと病床のベッドの上で結婚の手続きをするが病は悪化しついに昭和37年5月に世を去る。荼毘に付され巣鴨の「法福寺」に埋骨。分骨を法福寺より移したいく夫人は「責任を果たした」とほっと安堵したのか? 尊敬する雨雀のあとを追うように亡くなる。死後2年して文学座、児童文学者協会などに関わった人々により39年5月に本納寺に建墓された。丸い自然石に兜木正亨師の筆により雨雀の墓と記された。後に、この墓について「うずくまる 君に似し墓碑 五月晴」と詠み雨雀を偲んでいる。
思えば、明治38年、23歳で豊島区雑司が谷24番地に下宿し、まさに第二の故郷となる雑司ヶ谷の生活の一歩が始まり、社会主義運動家・戯曲家・詩人として様々な顔を持ち多忙を極めた雨雀。中でも童話の創作は太平洋戦争の始まったころから復活し、意欲的だった。そして中心となるのは「東への子供へ」「太陽と花園」などを執筆した大正中期である。生活の困窮、苦難、そして家族の不運続きであったが、”永遠の子供の花火である”というその純真無垢な想 いこそが多くの詩や童話などの創 作の原動力になったのであろう。童話 『安寿と厨子王丸」は遺作となる。
▲前列左から雨雀の同級生・中村星湖、島村抱月、 秋田雨雀(明治40年) (『雨雀自傳』」昭和28年 新評論社より)
取材協力：豊島区立郷土資料館『豊島の選択』より加筆転載）
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