江戸っ子にとって、目黒正覚寺、入谷真源寺、そして雑司ヶ谷法明寺が三大鬼子母神の参詣地だった。とくに雑司ヶ谷鬼子母神堂（日蓮宗）は子授け、安産、子育ての神様として、女性参詣者に人気があったところである。歌川広重による浮世絵「富士三十六景」のひとつ「雑司かや不二見茶や」にも当時あった富士見茶屋が描かれている。女性２人が茶屋で休息しながら富士を眺めている構図である。時は「雑司ヶ谷の会式」（日蓮の命日、旧暦10月13日）の頃だろうか。
作品には菊の鉢植えがあり、茶屋のまわりには柿の実も描かれている。
さて、「高田村誌」（1919年）には「下高田村の山手の方、富士見の茶屋といふは藤稲荷より東北三丁余にあり、此処高き事五六丈此の茶屋より真正面に能く芙蓉峰を見ること相対する如し、その外に南西一里斗の間、遠山は農田を眺望し一瞬千里の美景な言葉にたえ筆端に尽し難し、
此高田村甚広く方二十町余、ところところに小石あり則ち此処を下高田原と称せり此茶屋を 珍々亭とか呼ふ、近年何者か芭蕉翁の句を刻みて、碑を建置したり。」とある。
現在も学習院の敷地内にある富士見台はその名の通り富士山眺望 の名所であったことが分かる。ここ に富士見茶屋 （別名 珍々亭）が あり、晴天には富士山がよく見え、
眼下の神田川治いには農田がひろがり、それこそ筆舌に尽し難いものだったに違いない。
そして多くの風流人が富士を見ようと訪れたのであろう。また、富士見茶屋とは一般の呼称 であり、屋号が「珍々亭」。つまり「ちんちん」とは「珍しくて稀有な」という意味で付けられたのだろう。
▲歌川広重 三十六景
「雑司かや不二見茶や」（安政5年）
（提供：豊島区立郷土資料館）
▲目にかゝる 時や殊更 五月富士
富士見茶屋の跡にある「芭蕉の句碑」
1810年（文化7年）に雑司が谷の俳人金子直徳によって傍らに建てられたという。（提供：学校法人 学習院）
取材協力：豊島区立郷土資料館 （『豊島の選択』より加筆転載）
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