☆山岡鐡舟(1836〜1888)
山岡鐡太郎。本所に生まれる。父小野朝右衛門高、母塚原磯(先祖に塚原ト伝)。幼少から神蔭流、北辰一刀流、浅利義明の門下となり、維新後は無刀流の開祖となる。
幕臣として清河八郎と共に浪士隊を結成。江戸無血開城に深く関与。明治政府では静岡藩権大参事、茨城県参事、伊万里県権令、侍従、宮内大丞、宮内少輔を歴任。
1882年(明治15年)、16代徳川家達は無血開城の功として鐡舟に名刀「武蔵正宗」を贈与した。
��. 三舟の書の事
��-1.大坂屋砂場
【虎ノ門砂場 伊嶋みのる(江戸ソバリエ･ルシック)絵】
明治15年(1882年)6月のことだった。
「おい、親父はいるか」と言って、暖簾を分けて巨漢が入って来た。
店の中はかなりの客がいる。
店主が奥から腰を低くして出てきた。「これはこれ鐡舟先生」。
「鐡舟」という名を聞いて、客の目が一せいに大男に集中した。
店主は満面に笑顔、しかしその頭はまだ髷であった。明治維新後、断髪脱刀令が出てから西洋風の髪形にする者が多くなったとはいえ、まだ髷を結っている者は何人もいた。創業明治5年(1872年)の大坂屋砂場の主人がそうであった。
一方の鉄舟は面長の顔に長い口髭がよく似合い精悍な感じではあったが、眼光はおだやかであった。
「親父、望みの書を持ってきたぞ。」
「それは相済みませぬ。おっしゃっていただけば、こちらから馳せ参じましたものを･････。」
「それでは、蕎麦が食えぬ。この書で当分蕎麦をタダ食いしようと思っておるからの。」
「よござんすよ。お安い御用で。」
「冗段じゃ。しかしわしらは海舟、泥舟、鐡舟と、共に[舟]の字を号に用いているが、わしらに共通するところはまったくないぞ。」
「りっぱにございますよ。」
「何じゃ。」
「奇人、ときには鬼神でらっしゃいます。」
「これは一本とられたな。」
「先生、ここでは何ですから、先ずは二階へ。」
鐡舟は「二階は初めてであるな」と言いながら、階段を上った。部屋の壁には一枚の浮世絵が飾ってあった。「浮世絵を飾るとは珍しい」と思いながら、鐡舟は覗きこんだ。絵には「三条砂場のお万」とあり、「栄里」の署名がしてあった。
鐡舟は座布団の上に座った。
【栄里筆三条砂場のお万】
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