投稿者: 江戸渋 投稿日時: 2022-5-9 1:40:51 (64 ヒット)

開催趣旨>「としまの記憶」をつなぐ会では、「豊島区国際アートカルチャー特命大使 SDGs特命大使 自主企画事業」として、としまの犁憶の遺産瓮張◆次峪┿淵谷編」を企画しました。「としま案内人 雑司ヶ谷」の分かりやすい解説とともに楽しく散策!します。

日時>2022年6月4日(土)13時〜15時00分

概要>【集合】12:50(出発13:00)都電荒川線「鬼子母神前」
   【解散】15:00(現地解散予定)威光稲荷尊天
【定員】20人(先着順)
【参加費】1500円<資料代含む>1事前振込
【申し込み】申込フォームからお申込みください。

主催>「としまの記憶」をつなぐ会
住所>〒171-0021 東京都豊島区西池袋2-37-4 4階 
       豊島区地域活動交流センター内
連絡先>E-mail:npo@toshima-kioku.jp 
 FAX:050-3488-9494
詳細はこちら>http://toshima-kioku.jp/


投稿者: 江戸渋 投稿日時: 2021-12-8 20:45:04 (175 ヒット)

ドイツの医師クルムスの解剖書「AnatomischeTabel-in」のオランダ語訳を日本語訳した、日本最初の西洋解剖学の本格的な翻訳書。安永3年(1774)発行。
翻訳作業は困難を極め、完成までに約4年の歳月を要した。
翻訳の中心になったのは小浜藩医杉田玄白、中津藩医前野良沢で、原書にある精緻な銅版解剖図は、秋田藩士の小田野直武が木版画に直した。
本書はこれまで漢方医学で知られていなかった膵臓、リンパ管を指摘するなど大きな成果を生み出した。杉田玄白は晩年に、『解体新書』翻訳のときの様子を『蘭学事始』に記している。翻訳の際に「神経」「軟骨」「動脈」などの語が作られ、それは今日でも使われている。

関連コラム
▶江戸十万日「月日の鼠」>. 
「原理を学び習得してから、治療の方法を理解する」
http://www.edoshitamachi.com/web/fuyugaki/


投稿者: 江戸渋 投稿日時: 2021-12-5 23:25:36 (154 ヒット)

「とどのつまり」とは、「行き着く先、結局」という意味。
その由来を紹介すると-----------
・「とど」は、出世魚の鯔(とど)のことで、イナ→ボラ→トドと変わり、
最後は「とど」となって成長が終わるところから、「終わる、詰まる」という説。
・「とどのつまり」の「とど」は魚ではなく、歌舞伎用語「演技の終り、終了」から借用した説。

関連コラム
とどのつまり
江戸言葉 月ごよみ>十二月 「とどのつまり」
http://www.edoshitamachi.com/modules/tinyd11/


投稿者: 江戸渋 投稿日時: 2021-12-5 23:21:20 (145 ヒット)

それは寄席で見られる曲芸ではないだろうか。
単に技術を修得すればよいというわけではなく、お金を払って見に来てくれるお客様に、満足して帰ってもらえる芸を修得することが、修行の目指すところである。
AIが越えなければならないハードルはかなり高いように思える。

関連コラム
神田川界隈物語>ボンボンブラザーズ VS AI(人工知能)
「寄席à la carte(アラカルト)」
http://www.edoshitamachi.com/modules/tinyd8/


投稿者: 江戸渋 投稿日時: 2021-8-29 12:55:39 (197 ヒット)

旧暦では7月、8月、9月が秋の季節ということで、真ん中の8月の月であることから仲秋(中秋)の名月と呼びならわした。
旧暦の9月13夜の月も名月と呼ぶ。これは別名「栗名月」。とれた栗を月に供える風習が江戸時代からあり、それに対して仲秋の名月は別名「芋(いも)名月」

*詳細>コラム 江戸言葉 月ごよみ 「名月」
http://www.edoshitamachi.com/modules/tinyd11/index.php?id=10


投稿者: 江戸渋 投稿日時: 2021-8-29 12:53:57 (210 ヒット)

高田1丁目の坂(日無坂)の途中西側あたりで、明治6年、ここに含翠園を再興した隼太は西欧の技術を積極的に導入する。
辰砂(赤色) や蕎麦釉など釉薬の開発にも力を注ぐ。その後国内外の博覧会で高い評価をえる。

*詳細>神田川界隈物語 雑司ヶ谷物語〜「豊島の土」を美術品として海外へ送り出した竹本隼太
http://www.edoshitamachi.com/modules/tinyd6/


投稿者: 江戸渋 投稿日時: 2021-8-1 17:16:45 (259 ヒット)

江戸時代、米の価格が高騰(こうとう) するなどの原因で生活が困窮、 町人が大商人や米屋などを襲う 「打ちこわし」が発生。
打ちこわしの直接の目的は米の強奪でなく, 買い占め米を商売で使用不可能にし、買い占めをおこなった店に対して制裁を加えることにあった。
天明2年の大飢饉、天明3年の浅間山大噴火、天明6年の関東地方大雨大洪水などで米価が高騰、天明7年5月20日に起きた打毀は、全国的に広がった。

*詳細>「江戸十万日 月日の鼠」 第十六回 「支配層の心は、神や宗教から離れ、現世にのみ向かった」
http://www.edoshitamachi.com/web/fuyugaki/


投稿者: 江戸渋 投稿日時: 2021-8-1 17:14:25 (172 ヒット)

竹本焼は、明治初年から大正期にかけ旧旗本の竹本家3代(要斎・隼太・皐一)にわたって作った陶磁器です。窯と工場は神田川に近い竹本家の屋敷「含翠園」にありました。やきものに必要な水は敷地から湧き出る豊富な清水を利用し、土は瀬戸などから取り寄せたほか、地元雑司が谷や落合の粘土も使用していました。竹本焼はまさしく豊島区の水と土から生まれたやきものです。

*詳細>神田川界隈物語 雑司ヶ谷物語〜豊島区の「水」と「土」から生まれた竹本焼
 http://www.edoshitamachi.com/modules/tinyd6/


投稿者: 江戸渋 投稿日時: 2021-8-1 17:12:57 (180 ヒット)

犬と江戸時代といえば、即座に「犬公方(いぬくぼう)」こと五代将軍徳川綱吉(つなよし)を想起する人が多かろう。悪名高い「生類憐(しょうるいあわれ)みの令」を思い浮かべるからで、「生類憐みの令」は貞享2年(1685)からはじまるとされ、将軍が通るときに犬・猫がいても構わないという町触(まちぶ)れを発端に、やがて牛・馬にまで拡大し、次第に犬の保護に力を入れるようになった。
  武蔵国(むさしのくに)中野村(現在の東京都中野区)に約30万坪の保護区をつくり、江戸市中の野良犬10万匹を保護するにいたり、綱吉の生母桂昌院(けいしょういん)が戌年生まれだから犬を保護するのだとの孝行談もうまれて、「生類憐みの令」が江戸市民の怨嗟(えんさ)の的(まと)となる。

*詳細>コラム 江戸言葉 月ごよみ 江戸の「狆」ブーム
http://www.edoshitamachi.com/modules/tinyd11/


投稿者: 江戸 渋 投稿日時: 2021-7-7 5:14:00 (182 ヒット)

寄席に行くなら余一会(よいちかい)をチェック!

1年中落語がある寄席は、東京では新宿末廣亭、上野鈴本演芸場、池袋演芸場、浅草演芸ホールの4か所。
これらの寄席は、1ヶ月を3分し。1日から10日が上席(かみせき)、11日から20日が中席(なかせき)、21日から30日が下席(しもせき)と呼ばれる。
31日のある月はその日だけ特別興行をおこない、これが余一会(よいちかい)という。独演会や二人会など多いが、時々、普段見られないような特別企画に出合うこともある。

*詳細>コラム 「寄席à la carte(アラカルト)」
http://www.edoshitamachi.com/modules/tinyd8/


投稿者: 江戸 渋 投稿日時: 2021-7-7 5:11:18 (181 ヒット)

もともと宮中の女御(にょうご)の年中行事だった七夕は、江戸時代、幕府の大奥や大名などの奥向きで流行し、それがしだいに民間に広まっていったといわれる。
江戸市中では、七夕が近くなると、笹竹(ささたけ)売りや短冊(たんざく)売りが町中を売り歩き、夏の風物詩となっていた。
寺子屋では、寺子たちが書道上達の願いを短冊に書いて笹竹に結わえたものだった。

*詳細>コラム 江戸言葉 月ごよみ 「七夕」
http://www.edoshitamachi.com/modules/tinyd11/


地名から読み解く江戸・東京
水から読み解く江戸・東京
本から読み解く江戸・東京
人から読み解く江戸・東京
味から読み解く江戸・東京
祭(歳)事から読み解く江戸東京
会員ページ ログイン
ユーザ名:

パスワード:


パスワード紛失
新規登録
twitter江戸東京下町文化研究会

江戸東京博物館

錦絵で楽しむ江戸の名所

すみだ北斎美術館寄付キャンペーンサイト

国立公文書館デジタルアーカイブ