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【三社祭】 2025年5月16日(金)〜18日(日) 墨田川を船で渡御する浅草三社権現の神輿
【三社祭】 2025年5月16日(金)〜18日(日) 墨田川を船で渡御する浅草三社権現の神輿
投稿者sibugakisibugaki さんの画像をもっと!   前回更新2025-5-4 17:56    
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画像>墨田川を船で渡御する浅草三社権現の神輿 
『東都歳事記 』三月十八日浅草三社権現祭礼- 国書データベース

『東都歳事記」の三社祭礼>
「東都歳事記』の著者である斎藤月岑の家は、先祖代々の町名主で、祖父の時代から「江戸名所図会」出版のために開始した事業を、父が受け継ぎ、さらに自分が引き継いだ。三代がかりで取り組んできたこの『江戸名所図会』 十冊を天保五年(一八三四)に、あと十冊を天保七年に出版した。この計二十冊は江戸の名所旧蹟や街道・海・川・四季の景観など きわめて詳細に記録。
『東都歳事記』の挿絵は、『江戸名所図会』の正確な写生画を描いた長谷川雪旦の絵。

 三社の祭礼については、ほかの祭礼には見られない隅田川の渡御を描かせた。この三体の神輿は、浅草寺の秘仏を隅田川から網で掬いあげ祀った土師中知(はじのまなかち)・檜前浜成(ひのくまのはまなり)・同竹成(たけなり)の三人を奉祀してあるので、船で隅田川を渡御するのが古来からの三社祭礼特別の行事であった。

 右端上部には「三月十八日」と記されており、左端には「三社権現御祭禮」と書かれた大幟が描かれている。絵の中央上部に最後と思われる三の宮の神輿船が見える。 図のように先端部に笹葉の ついた高い四本の竹に木綿垂(ゆうしで)を張り廻した神籬(ひもろぎ)を立てたなかに、神輿が鎮座している。その後方、右舷五挺・左舷五挺の五挺の艪(ろ)を漕いでいる。神輿の前舳先(へさき)側に幟が立っており、その幟と神輿の間に供奉(ぐぶ)の人たちが十数人乗っている。絵の左端中央部にまったく同じ、二の宮の神輿の船と思わ れるのが見える。
右下部に、今一の宮の神輿が上陸しようとしている様子が描かれている。四本の竹の神籬の中央から担ぎ上げられている。 その神輿のすぐ向こうの船には、ゆるやかな蒲鉾(かまぼこ)形の紅白と思われる大胆なデザインの屋根があり、そこに烏帽子(えぼし)狩衣かと思われる礼装に中啓(ちゅうけい)を持った貴人が乗っている。 同じ紅白屋根の船がもう一艘見え、その船には貴人が礼装で三人乗っている。 この絵には見えないが、おそらく同じ船がもう一艘、合計三艘、それぞれ一の宮・二の宮・三の宮の導師役を務めた浅草寺の高僧たちが乗っていたのであろう。二の宮船のすぐ右上の船では、三味線を弾いている人、大太鼓を叩く人、笛を吹いている人が見えるから、この船はおそらくもう二艘ほかにも供奉し、船上渡御中お囃子を演奏しつづけたのであろう。 (参考:『大江戸を歩く』浅草寺日並記研究会)

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