コラム(江戸魂千夜一話)

青山富有柿プロフィール
かわら版指南。趣味は読書と散歩。好きな食べ物はお蕎麦。
江戸東京下町文化研究会会員。

江戸魂千夜一話概説
 江戸時代の庶民生活には何かとてもいい雰囲気があったような気がしています。そこには生活のためのいろんな知恵がつまっていたのではないかと思います。時代の変遷を繰り返すうちに、そのよさがだんだんと失われつつあるとはよく言われることですが、探せばまだまだたくさんあると思っています。 
  このエッセイでは、江戸のよさを感じさせてくれるような、おもしろいエピソードをたくさん探し出してきて、簡潔にわかりやすく紹介していきたいと思っています。

第五話 「野暮(やぼ)はだめ」

 あけましておめでとうございます。
 本年もよろしくお願いいたします。

 さて、前回江戸っ子気質の江戸っ子にはなかなか会えないということを書いたら、知り合いの江戸っ子が、じゃあ会わせてやろうということになり、ふたりで浅草の蕎麦屋に行くことになった。
 多分ここの大将がそうなのだろうな、と思いながら美味な蕎麦味噌をつまみながら日本酒を楽しむこと一時間、待てど暮らせどいっこうに大将は出て来ない。厨房で見え隠れする大将の年齢は70歳前後くらいか。いかにもがんこそうだ。おかみさんも同じくらいの年かっこうだから、たぶん夫婦なのだろう。
 このまま何もなく終わるのかなと思っていると、江戸っ子がおもむろに「どうですか、少し腹ごしらえに鍋でも食べませんか」と言い出した。時計の針がもうすぐ九時を指そうかという頃である。
「ここの鍋はうまいから、その後で蕎麦をすすりましょう」。
そうゆうものかと思って特に反対もしなかったのだが、何となくいいのかな、こんな時間に鍋なんて、と少々不安な気持ちになった。
そんなことなどおかまいなしに、江戸っ子は何食わぬ顔でおかみさんを呼び「お鍋ひとつちょうだい」。
おかみさんも普通に「はい」と言って注文を伝えに厨房へと消えて行った。
とその瞬間、厨房から「ばかやろう」という怒鳴り声が鳴り響いた。
やっぱり怒らせてしまった、やっかいなことにならないといいな、と思っていると、おかみさん、何ごともなかったかのように戻ってきて、笑顔で「すいません、鍋終わりました」。江戸っ子は江戸っ子でまったく動じない。にやにやしながら、こちらも何食わぬ顔をして「じゃあ蕎麦二枚」である。
大将の「ばかやろう」で鍋はだめなことはわかるのに、それをわざわざ言いに来るおかみさんもおかしいし、江戸っ子は江戸っ子でいたずら小僧のようにおもしろがっている。こんなことはしゅっちょうあると言わんばかりである。
事情を知らない人にこの話をすると、たいてい「ひどいですね、その店」「絶対行かない」とか言うのだが、もうおわかりのように、江戸っ子的には悪いのはこちらである。
「ばかやろう」の意味は「こんな時間から鍋なんか食うな、ばかやろう」である。
客は我々だけ、そろそろ蕎麦食って帰るだろう、と思って片づけに入っているところに鍋である。こんな野暮な客なんか二度とくるな、で「ばかやろう」である。
客であろうが何であろうが、とにかく野暮はだめである。何で野暮はいけないのか、聞いてはいけない。聞くやつは野暮である。説明するやつも野暮である。とにかく野暮はだめ、そんな奴は怒っていい。これが江戸っ子気質である。

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