◎第八回 ボンボンブラザーズ VS AI(人工知能)*1
オックスフォード大学のマイケル・オズボーン教授*2が論文「雇用の未来」で、米国の雇用者の47%が10年後にはコンピューターに職を奪われると結論づけて、世界中に衝撃を与えてから8年。コンピューターは今も加速度的に進化し続けている。とりわけ発展の目覚ましいのはAI(人工知能)だ。

AIが飛躍的に進歩したのは、インターネットによって膨大なデータの集積が可能になった(ビッグデータと呼ばれる)のと、コンピューターの処理速度(計算速度)が飛躍的に向上したから。近年では、IOT(インターネット オブ シングス)*3の普及で、日常のあらゆる場面で情報収集が可能になり、データの集積はますます加速している。この調子でAIが進化し続ければ、人間が奪われる職業はさらに増えそうだ。

最後まで残る人間の職業は何だろう。
それは寄席で見られる曲芸ではないだろうか。例えばボンボンブラザーズ。鼻の上に箸袋を立たせて、舞台から客席を往復する芸を、AI(正確にはAIを搭載したロボット)ができるようになるのは、まだ相当先のことになりそうである。他にも「一つ鞠(まり)」*4や「土瓶の曲」*5など、AIにはできそうもない曲芸が、寄席にはたくさんある。

ボンボンブラザーズは、来年で芸歴60周年を迎える大ベテラン曲芸師である。
初めて見たのは、今から20年くらい前だからすでにその時点で芸歴40年である。ジャグリングを中心とした曲芸と、ほとんどパントマイムでもたせる芸は、話芸が中心の寄席においては新鮮である。いつ見ても出し物はほぼ同じ。観客は同じところで笑い、感心する。奇をてらわない安定した芸風は、逆に聴衆に癒しと安心感をもたらしてくれる。

60年間ほぼ同じ芸を続けるのは並大抵のことではない。目に見えない苦労や努力が多々あろうことは想像に難くない。日々変わる観客を前にして、「いかに満足して帰ってもらえるか」という課題に毎日向き合い、数えきれないほどの試行錯誤を繰り返して、ようやく身に着けることのできる芸である。それは練習とか稽古だけではなく、修行によってしか身に着けることのできない芸である。

ところで、AIに「修行」は可能だろうか。
単に技術を修得すればよいというわけではなく、お金を払って見に来てくれるお客様に、満足して帰ってもらえる芸を修得することが、修行の目指すところである。AIが越えなければならないハードルはかなり高いように思える。
とはいえ、日々、データは集積され続け、コンピューターの進化も止まらない。いわゆるディープ・ラーニング*6によって、コンピューターの学習機能も進化し続けている。いつか、ボンボンブラザーズの芸をAIが越える日が来るかもしれない。できればその前に、「ボンボンブラザーズ(またはその後継者)をはじめとした曲芸師 VS AI」の対抗戦を、寄席の余一会あたりで、ときどき開催してもらいたい。チェスや将棋での、AI対人間の対抗戦よりも、だんぜんおもしろそうである*7


*1 人工知能(AI)《artificial intelligence》 
コンピューターで、記憶・推論・判断・学習など、人間の知的機能を代行できるようにモデル化されたソフトウエア・システム。AI。(小学館 大辞泉より)

*2 マイケル・オズボーン オックスフォード大学工学部機械学習教授。1981年オーストラリア生まれ。2010年英国オックスフォード大学工学部機械学習の博士課程で学位を取得。12年同大学工学部の准教授。14年9月に論文「The Future of Employment(雇用の未来)」を発表。19年から現職。

*3  IOT(インターネット オブ シングス)《Internet of Things》 
あらゆる物がインターネットを通じてつながることによって実現する新たなサービス、ビジネスモデル、またはそれを可能とする要素技術の総称。従来のパソコン、サーバー、携帯電話、スマートホンのほか、ICタグ、ユビキタス、組み込みシステム、各種センサーや送受信装置などが相互に情報をやりとりできるようになり、新たなネットワーク社会が実現すると期待されている。物のインターネット。インターネット オブ シングス。(小学館 デジタル大辞泉より)

*4 一つ鞠(まり) 
この芸は太神楽曲芸の最高難度の曲芸です。鞠は曲芸道具の象徴的存在で、毎年川崎大師境内で行われる「まり塚まつり」も、やはり鞠をモチーフに名付けられています。一通り覚えるのに三年、さらに熟達するにはここからもう数年を経なければなりません。辛抱強さが特に要求されるので、出来るだけ若い頃に一通り仕上げるべきだとされています。(太神楽曲芸協会HPより)

*5 土瓶の曲 
一つ鞠から応用した曲芸。くわえた撥(ばち)の上に土瓶を乗せ、この状態から様々な技を繰り出していきます。(太神楽曲芸協会HPより)

*6 ディープ‐ラーニング《deep learning》
コンピューターによる機械学習で、人間の脳神経回路を模したニューラルネットワークを多層的にすることで、コンピューター自らがデータに含まれる潜在的な特徴をとらえ、より正確で効率的な判断を実現させる技術や手法。音声認識と自然言語処理を組み合わせた音声アシスタントや画像認識など、パターン認識の分野で実用化されている。深層学習。(小学館 デジタル大辞泉より)

*7 <チェス>AIがチェス王者に勝利(1997年) 1秒間に2億手演算 人工知能(AI)が人間との「頭脳戦」に初めて勝利した――。1997年5月11日、米IBMのコンピューター「ディープ・ブルー」が当時のチェス世界王者、ガルリ・カスパロフ氏を破り、世界に衝撃を与えた。(2019年4月19日 日本経済新聞より抜粋)

<将棋>「Ponanza(ポナンザ)」、現役プロ棋士に初めて勝つ!第2回将棋電王戦(主催・株式会社ドワンゴ、公益社団法人日本将棋連盟)五番勝負の第2局は、「米長邦雄永世棋聖を偲ぶ会」の執り行われた3月30日(土)、東京・将棋会館「特別対局室」で行われ、コンピューターソフト「Ponanza」(開発: 山本一成〈いっせい〉氏/第22回世界コンピューター将棋選手権4位)が佐藤慎一四段に141手で逆転勝ちしました。コンピューターソフトが現役プロ棋士に勝ったのは史上初めてです。(2013年3月30日 日本将棋連盟HPより抜粋)


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