◎第十二回 映画「スポットライト 世紀のスクープ」*1が再び注目される理由


9年前に公開された映画「スポットライト 世紀のスクープ」に再び脚光が当たっている。  長い間カソリック教会によって隠蔽されていた、聖職者による未成年者への性加害を、勇気と信念をもって報道し、2003年にピューリッツァー賞を受賞した、アメリカの地方紙「ボストン・グローブ」の報道をもとに映画化された作品。第88回アカデミー賞の最優秀作品賞と脚本賞をW受賞している。

 全編を通じて描かれているのは、ウォルター・ロビンソン率いる調査報道チーム「スポットライト」の取材活動だ。手分けして膨大な資料にあたり、被害者や関係者ひとりひとりを丁寧に取材して歩く。気の遠くなるような地道な作業の連続だ。
 記者たちの情熱を支えているのは、泣き寝入りを強いられている被害者への共感と、権力に守られて罪を問われない加害者への怒り、そして被害の拡大を阻止しなければならないという強い使命感だ。

 取材をしているうちに、同じような被害が他にも多数存在することが判明する。
 問題は、事件を隠蔽し続けるカソリック教会のシステムにあることが、次第に明らかになっていく。ひとりの聖職者を断罪したところで、システムが存在する限り、性加害は繰り返される。これ以上被害者を出さないためには、システムに問題があることを示す確たる証拠をつかんで報道するしかない。掲載直前だった一聖職者を断罪する記事は見送られ、取材は続行された。
 やがて取材チームは決定的な証言を得ることに成功する。ついに記事は紙面トップに掲載され、多くの読者がこの深刻な事実を知る。記事は海外まで広く波及し、一聖職者の性加害から始まった取材は、最終的には、世界中の数えきれない被害者を救済した。

 映画では記者たちの活躍に目が行きがちだが、忘れていけないのは、取材を指示し支え続けた、マーティ・バロン編集局長の存在だ。私は、この映画の本当の主人公は、バロン編集局長だと思う。バロン編集局長が、聖職者の未成年者への性加害について、もっと深く取材するよう記者たちに指示しなければ、取材は再開されなかったし、真の問題が明らかになることもなかったからだ。確固たる信念を持ち、けっしてぶれなかった編集局長がいなければ、事実は隠蔽され、被害者は増え続けたに違いない。
 掲載の前日に「スポットライト」チームの取材活動を讃えたバロン編集局長のことばが、胸に響く。「こうゆう記事を書くのがわたしたちの仕事だ(For me, this kind of story is why we do this.)」。

 なぜ今、映画「スポットライト」が日本で注目されるのか。
 それは、同じような未成年者への性加害が日本の芸能界にもあり、それをほとんどのメディアが報じなかったからだ。週刊文春や噂の真相(廃刊)など、一部の雑誌メディアは、当初からこの問題に注目し、積極的に報じてきたが、新聞やテレビなどの大手メディアは記事の後追いも、深堀りもしなかった。BBC(イギリスの公共放送)の報道がなければ、ほとんどの日本人は今も、この事実を知らないままだ。もし映画のように、一個人の問題ではなくシステムの問題であるとしたら、被害は今も続いているかもしれない。

 すべての記者が沈黙していたのだろうか。
 そんなことはないはずだ。記事にしようと試みた記者はきっといたはずである。
 問題は「こうゆう記事を書くのがわたしたちの仕事だ」と言い切る編集局長が、いなかったからではなかったか。ほとんどの編集局長は「こうゆう記事を書くのは私たちの仕事ではない」と判断した。あるいは「こうゆう記事を書けないのが私たちの仕事だ」ということなのかもしれない。ならばなぜ書けないのか。他にも書けないことはあるのか。いったい、どうゆう記事を書くのがあなたたちの仕事なのか。
 答えの中に、日本のジャーナリズムの未来があると私は思う。                                了
                                                                   
*1『スポットライト 世紀のスクープ』(スポットライト せいきのスクープ、原題:Spotlight)は、2015年のアメリカ合衆国の伝記・犯罪・ドラマ映画。ジョシュ・シンガーとトム・マッカーシーが脚本を担当し、マッカーシーが監督を務めた。映画は2003年にピューリッツァー賞を公益報道部門で受賞した『ボストン・グローブ』紙の報道に基づき、アメリカの新聞社の調査報道班として最も長い歴史を持つ同紙「スポットライト」チームによる、ボストンとその周辺地域で蔓延していたカトリック司祭による性的虐待事件に関する報道の顛末を描く。出演はマーク・ラファロ、マイケル・キートン、レイチェル・マクアダムス、ジョン・スラッテリー、スタンリー・トゥッチ、ブライアン・ダーシー・ジェームズ、リーヴ・シュレイバー、ビリー・クラダップら。本作は2015年にヴェネツィア国際映画祭のコンペティション外部門で上映されたほか、テルライド映画祭やトロント国際映画祭の特別招待部門でも上映された。北米ではオープン・ロード・フィルムズの配給で2015年11月6日に公開された。日本ではロングライドの配給で2016年4月15日に公開。本作は数多くの組合賞や批評家賞を受賞したほか、様々な媒体によって2015年最良の映画の一つに挙げられた。第88回アカデミー賞では作品賞、監督賞、助演男優賞(ラファロ)、助演女優賞(マクアダムス)、脚本賞、編集賞の6部門にノミネートされ、作品賞と脚本賞を受賞した。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


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