◎第十三回 寄席と独演会。どっちに行きますか?


寄席に行くか、それとも独演会に行くか。
 お気に入りの噺家を満喫したいなら独演会の方がいいし、いろんな芸を楽しみたいのなら寄席がいい。しかしちょっと待てよ。寄席で、いいなと思った無名芸人が、しばらくしてテレビに出だしたなんてこともたまにあったりする。寄席は芸人との出会いの場でもあるわけだ。独特のまったりした雰囲気も寄席ならではだ(これはたぶん江戸時代からの伝統)。休憩を入れても3時間ほどで終わる独演会に比べ、寄席は長時間鑑賞も可能だ(最長で8時間)。時間の長さだけなら、コストパフォーマンスは独演会より寄席の方が断然いい*1。
ちょっと考えるだけでもこれだけ出てくる。寄席の長所は単に「いろんな芸が楽しめる」ということだけではなさそうだ。

 そもそも独演会のできる噺家はそんなにいるわけではない。お気に入りの噺家の独演会だけしか行かない、となると落語を生で聴く機会は大幅に制限されてしまう。実際、人気のある噺家の独演会は、都内ではめったにない。これが二人会や三人会になるとかなりハードルは下がるから、最近はこっちに行くケースの方がだんぜん多い。
 特定の噺家にはまってしまったら、寄席で聞くだけだはものたりなくなって、独演会に行きたくなるのは人情だ。俗にいう、追っかけ状態になるわけで、この感覚は分野に関わらず誰もが経験することだ。
 独演会はチケットの確保も簡単ではない。公演を見つけたときにはだいたい販売終了ということもしばしばだ。そうならないように、まずはお目当ての噺家の公演をネットで探して、チケット発売日を確認しなければならない。最近は公演の半年以上前から売り出すこともあるから、常にアンテナを張っておく必要がある。先行販売や、先行抽選などもあって、うっかり締め切りを忘れたり、抽選で外れたりしたら、チケットを確保できる確率はかなり下がってしまう。 一般販売になると、発売と同時にいっせいに申し込みが入るから回線が混線してインターネットへのアクセスができず、電話もつながらないということもよくある。やっとつながった、と思ったら「販売は終了しました」というむなしいアナウンスが流れてがっかりする。
 こうなったらあきらめるしかないのか。いや、それでも最後の手段はある。リセール(公演に行けなくなったユーザーからチケットを購入できる)だ。しかし、このリセール、よほどのことがなければ出物がない。問題は他にもある。チケットを手に入れても、公演が半年後だと、他に大事な予定が入ってしまうと行けなくなってしまう。そうなると今度は自分がリセールしなければならない立場になってしまう。独演会に行くためのハードルはけっこう高いのだ。   とんだ長話になってしまったが、これはあくまで東京都内の話。人気のある噺家はときどき地方からもお声がかかるようで、その場合はたいがい独演会になる。どうしても独演会に行きたかったら、観光がてら地方に行くという手もある。会場が大きなホールであればチケット入手もそれほど困難ではなさそうだ。

 寄席はどうかと言えば、チケット確保という点では独演会のような苦労はほとんどない。十日間同じ演者と演目が続くから、その中で都合のよい日を選べばいいし、ふらっと出かけても、満員で入れなかったなんてことは、これまで一度もない。お目当ての噺家が複数出演していれば、それだけで得をした気分になるし、お気に入りの漫才師や紙切り芸などの色物が充実していると、なおさら満足度は高くなる。ついでに言えば、寄席の二人会というのもときどきある。第五回で紹介した「喬太郎・文蔵二人会」のような余一会の特別興行だ。このときばかりは、早く行って並ばないとチケットを入手できない(事前予約不可)。

 寄席の長所は〕邯譴世韻任覆漫才や手品のような色モノ芸も楽しめる  長時間の鑑賞が可能(昼夜入れ替えなしの末廣亭だと8時間)  したがってコストパフォーマンスがいい  ぅ廛蹈哀薀爐10日間同じなのでチケットが入手しやすい  セ前予約はできないが、いきなり行ってもたいていは入場できる  Δ泙辰燭蠅靴進薫狼い癒しになる といったところだろうか。他方、独演会(または二人会、三人会)は、贔屓の噺家の魅力を満喫できるという利点がある。新作落語や枕話をたっぷり聞くこともできるし、ここだけの話が出てくるのもたいていは独演会だ。もうこの人の話だけ聴けたらいいです、というファンは独演会に行くしかない。この感覚は私にも理解できる。深堀派にとってはコストパフォーマンスがよいのはむしろ独演会の方だろう。
 寄席と独演会。どっちもどっち、何れも捨てがたい魅力がある。大切なことは、この魅力をどう生かすかだ。関係者に求めたいのは、寄席と独演会(あるいは二人会や三人会)の魅力をもっともっと掘り下げてほしいということだ。まだまだ活用の仕方はあるはずだ。寄席と独演会に相互作用を起こすような仕掛けだってできそうだ。
 独演会にしか向いていない鳥肌実のような芸人(第五回参照)を寄席の舞台に上げた文蔵師匠は偉かった。すれすれの笑いこそ江戸の「粋(いき)」の神髄だ。江戸時代みたいに手鎖(てぐさり)の刑 *2にかけられることはないわけだし、どんどんチャレンジしてほしい。
 今秋、漫才協会会長の塙宣之(ナイツ)の誘いに応えて、今や売れっ子ユーチューバーの中田敦彦(オリエンタルラジオ)が、漫才協会へ入会し話題になった*3が、おおいに結構なことだ。何かをやらかしてくれそうなわくわく感がある。越境した先には新しい景色があることを信じて、噺家もどんどんチャレンジしてもらいたい。応援しているファンはたくさんいるよ。 了

*「寄席à la carte(アラカルト)」は今回で終了いたします。ご愛読ありがとうございました。       白滝清流
                                                                   
*1料金/一般3,000円、学生2,500円、小学生2,200円、シニア(65歳〜)2,700円 
何れも通常興行の場合の料金。特別興行の場合、料金が異なる場合があります(新宿末廣亭)独演会や二人会(三人会)の料金は、出演者、出演人数や会場の規模や住所によってまちまちだが、概ね3,000円〜5,000円程度。

*2手鎖 (てじょう)は、江戸時代の刑罰。前に組んだ両手に瓢箪型の鉄製手錠をかけ、一定期間自宅で謹慎させる。主に牢に収容する程ではない軽微な犯罪や未決囚に対して行われた。戯作者の山東京伝が1791年に、浮世絵師の喜多川歌麿が1804年にそれぞれ五十日手鎖の刑を受けたことで有名である。江戸時代には「てじょう」と呼ばれていたが、1972年に井上ひさしが小説『手鎖心中』を「てぐさり-」と読ませたことから、「てぐさり」の読みが一般に広まった。(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より抜粋)

*3オリエンタルラジオ | 一般社団法人 漫才協会 (manzaikyokai.org)





「春色三題噺」 春廼家幾久編 一恵齋芳幾 画
絵には、三題噺の会の会場の様子が描かれています。中央に高座があり、観客たちが口をあけて笑いながら咄を楽しんでいます。観客が、隣と話をしながら茶を飲み、くつろいでいる様子がわかります。落語の最盛期にはどの町内にも寄席があり、近所の人が気軽にやって来ました。ほぼ一日かかる歌舞伎見物にくらべ、落語ははるかに手軽な楽しみでした。
(東京都立中央図書館 江戸東京デジタルミュージアムより)



都内寄席ガイド
 鈴本演芸場(上野)http://www.rakugo.or.jp/
 浅草演芸ホール(浅草)http://www.asakusaengei.com/
 新宿末廣亭(新宿三丁目)http://www.suehirotei.com/
 池袋演芸場(池袋)http://www.ike-en.com/     
   
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