コラム 「寄席à la carte(アラカルト)」
白滝清流(しらたきせいりゅう)氏 著述家。

江戸町人文化研究家。元新聞社勤務。文献とフィールドワークを通じて江戸町人文化を探求している。本コラムでは「寄席」にスポットを当て、現代へ引き継がれた江戸の民衆文化を考察します。  
◎第五回 「喬太郎・文蔵二人会」
 末廣亭の余一会に行ってきた。
 寄席は10日ごとにプログラムが変わる。31日まである月は1日余ってしまうので、この日を余一といい、特別興行が行われるのだ。
毎年5月31日の余一会は、「柳家喬太郎 *1 ・橘家文蔵 *2二人会」だ。去年は新型コロナで中止のため、2年ぶり。今年も開催が危ぶまれたが、観客数を半分にしたりして感染予防に努め、無事開催された。
当日券のみなので、発売時刻の1時間以上前から行列ができるほどの大人気(昼の部の三遊亭円楽一門会のチケット購入者も含む)。仲入り前、喬太郎師匠は枕(映画「痴漢日記」の話)に熱が入りすぎて持ち時間が足りなくなってしまい、予定していた演目を変更するハプニングもあった。文蔵師匠の枕も映画の話で、こちらは映画「二つ目物語」(林家しん平監督 今秋公開予定)に師匠が出演したときのエピソードが中心。何れもおもしろすぎて時間がたつのがうらめしいほどだった。仲入り後は、文蔵師匠の「寝床」と喬太郎師匠の怪談「真景累ケ淵 -宗悦殺し-」で、本格落語を満喫。末廣亭の席亭は下ネタがきらいだからと断りながら、演者が代わる代わる下ネタを繰り出していたのがおもしろかった。
下ネタと言えば、前回の余一会はすごかった。
  その日のゲストはあの過激な芸風で知られたお笑い芸人、鳥肌実だった。もちろん末廣亭初出演である。その芸風を知っている客は一様に、末廣亭に出て大丈夫か、と思ったに違いない。その一方で、新風を吹き込むかもしれないという期待感もあった。どんな展開になるか、まったく予想がつかなかった。
入り口に末廣亭三代目席亭の北村幾夫さんがいらしたのでご挨拶すると、「今日は何がおこるかわからないよ」といたずらっぽく笑っていたのが印象的だった。思いは同じである。
  実際の鳥肌実の舞台はどうだったのか。昔の精悍な姿とはかなり風貌が変わっていた(一言で言って中年太り!)が、その過激な芸風は健在だった。登場するなり定番の口上を早口でまくしたてる。下ネタの連発である。一瞬会場が凍りついた。特に女性客にとまどいが見られた。しかしそこを何とか乗り切り、その後はギリギリの時局ネタやオリンピックネタが大うけで、終わってみればすっかり聴衆の心をつかんでしまった。
ふだん見られない過激な芸風は末廣亭の聴衆にとって新鮮だった。次に登場した喬太郎師匠が開口一番「どうしましょう」と言って笑いをとるほどだった(この切り返しも見事だった)。
  機会があったので、鳥肌実本人に「もう寄席には出ないのか」と聞いてみた。答えは「末廣亭には出られないと思う。舞台に立っていた時、客席の後方にいた席亭が、こわい顔をして見ていた。誘ってくれた文蔵師匠からは、『だから下ネタはダメだっていったじゃん』と言われました」。
確かに過激すぎたかもしれない。とはいえこれが彼の持ち味である。ここは相性が悪かったと割り切るしかないのだろう。末廣亭にしてみれば、おもしろければ何でもいいというわけにはいかない。ブランドを破壊するような芸はご法度である。
鳥肌実にしてみれば、もともと、やってはいけないといわれたことをやりたがる、やんちゃさが持ち味である。芸風に規制がかかって、おもしろさが半減してしまうのなら、舞台に出る意味も半減してしまう。

閑話休題。

中休みの後は、文蔵、喬太郎両師匠の対談で幕を開けた(ぶっつけ本番だったらしい)。途中、文蔵師匠の二番弟子で、最近九州で活動を始めた橘家文太が舞台に呼ばれて、近況報告をさせられた(というより、アピールの機会を与えられたと言う方が正解である)。
 文太の新しい試みは「落語カー」である。1.5トントラックを改造して荷台に高座をこしらえ、九州全域を回るのだという。トラックが駐車できて、人が集まるスペースがあれば、どこでも落語会ができる。落語を一席伺ってもらい、手製のわらび餅を売って収入を得る計画だそうだ。
橘屋文太は、昨夏、二つ目に昇格したばかり。今年の5月5日に故郷の北九州市の高見神社で行われた「落語カー」のお披露目会には、文蔵師匠も東京からかけつけた(お忍びで参加するつもりだったのが、神社の境内で煙草を吸っているところを見つかってしまったらしい)。
映画では、共演者が恐怖で凍りつくほど強面の闇金会社の社長を演じた文蔵師匠だが、その風貌とは裏腹に(失礼!)、かわいい弟子の門出のためには、遠路はるばる駆けつける、やさしい師匠である。喬太郎師匠から「いいとこあるじゃない」と冷やかされて、必死になって話をはぐらかそうとする文蔵師匠に、人柄がにじみ出ていて、場内は温かい雰囲気に包まれた。
新たな一歩を踏み出そうとする若い落語家を、人気と実力を兼ね備えた旬の落語家ふたりが応援するのを見るのは気持ちがいいものである。何とか成功させてあげたい、手伝えることがあればするよ、という師匠たちの思いが、聴衆にひしひしと伝わってきた。閉演後、末廣亭前に駐車してあった「落語カー」の前には、来場者が殺到して、激励とカンパで大にぎわいだった。
数日後、ネットでおもしろそうな落語会はないかさがしていたら「柳家喬太郎独演会」を見つけた。さっそく検索して詳細を調べてみると、会場は北九州市だった。喬太郎師匠はたぶんわらび餅を食べに行くのだろう。
「いいとこあるじゃない」。                                                                了                        

*1柳家喬太郎 
1963年東京都出身。89年柳家さん喬に入門し「柳家さん坊」となる。93年「柳家喬太郎」に改名し二つ目へ。2000年には11人抜きで真打ちに昇進した。

*2橘家文蔵 
1962年東京都出身。86年、橘家文蔵に入門し「橘家かな文」となる。90年には二つ目に昇進して「文吾」と改名。2001年には「橘家文左衛門」となり真打に昇進した。16年9月21日三代目「橘家文蔵」を襲名。


△明治時代の寄席絵 江戸博所蔵


都内寄席ガイド
 鈴本演芸場(上野)http://www.rakugo.or.jp/
 浅草演芸ホール(浅草)http://www.asakusaengei.com/
 新宿末廣亭(新宿三丁目)http://www.suehirotei.com/
 池袋演芸場(池袋)http://www.ike-en.com/     





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