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 神田祭り 神田松枝町半纏
 神田祭り 神田松枝町半纏高ヒット
投稿者渋柿渋柿 さんの画像をもっと!   前回更新2013-5-18 22:37    
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「神田松枝町」名前の由来は、江戸城の大奥にいた「松ヶ枝」という老女の名に由来するという説がある。旧松枝町あたりを中心にして、江戸のころまで、「お玉が池」という広大な池があった。桜の名所だったことから、当初は「桜ヶ池」と呼ばれ、池畔に茶屋が建っていました。お玉というのは、この茶屋にいた看板娘の名前。景勝地・お玉が池の周辺には、江戸の文人や学者が多く暮らしていた。
その一人である伊東玄朴ら蘭方医達が、安政5(1858)、種痘館を設立した。
このお玉が池種痘所が、いまの東大医学部の出発点であると言われている。
昭和40年の住居表示実施によって岩本町二丁目となた。
町会の該当区域は、岩本町二丁目5〜7番地、10〜12番地。


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