第三回 「蕎麦屋の酒が一番うまい」

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書名「アンソロジー そば」(PARCO出版)

著者 池波正太郎他

蕎麦を愛する著名人が、それぞれの蕎麦へのこだわりを綴ったアンソロジー。
池波正太郎のしびれるひと言で本書は幕を開ける。
「ひとりで町を歩いていて、ひとりで酒がのみたくなったら、私はまず蕎麦屋でのむ」
もちろんどんな蕎麦屋でもいいというわけではない。
「蕎麦だけは、洋食や天ぷらなぞとちがって、どこで、どのようにして食べさせてもよい、というものではない。(中略)蕎麦も鮨と同様に、きわめて清らかにつくられてなくてはならない。そしてしかるべき店で、これを食べると、味のみでない雰囲気がかもし出され、それをたのしむことができる」
蕎麦は特別なのである。

しかるべき店にこだわったのが杉浦日向子である。
タイトルは「並木藪蕎麦 江戸前ソバ屋の原点」。
「並木には、江戸前ソバ屋に求められるものはすべて揃っている。(中略)並木でなくてはダメなんだという午後がある」
同じ並木藪蕎麦派の山口瞳も言う。
「黙っていても酒が出てくる。『蕎麦屋の酒が一番うまい』のだから仕方がない」

登場するのは正統派の蕎麦好きばかりではない。
昭和天皇の侍従長入江相政は、電車や車に乗っているときも蕎麦屋の看板が気になるほどの蕎麦好きなのだが、その嗜好が少し変わっている。水気の引いた乾いた蕎麦が好みなのだ。
「泥臭かろうが、田舎じみていようが、私はとにかく、水気のいくらか枯れた蕎麦の味を礼賛する。(中略)『へいお待ち遠さま』と前に置かれてから、十三分がいいか、十五分がいいか」

もちろん反対派はいる。色川武大は言う。
「ソバなんてものは茹でたてが値打ちで、茹であげてから三分とたたないうちに、香りは飛ぶし、ノビるし、クタクタのソバなんて喰えたもんじゃない」
しかしその色川は「そばはうどん粉に限る」なぞと言うのだから、嗜好というものはわからない。

 「ヨーロッパに滞在しているときに、いちばん食べたいのは蕎麦である」
というのは立原正秋。この気持ちはよくわかる。
「パリのホテルから鎌倉の家に電話をかけ、明日帰るから蕎麦を用意しておけ、と言ったことがあった。この電話代が八千円かかった。私はこの八千円を惜しいとは思わなかった。とにかく帰宅すれば手打ちの蕎麦を食べられるので、金にはかえられなかった」
本物である。

故郷においしい蕎麦屋がなかったため、上京してから蕎麦の虜になった文化人もいる。
尾辻克彦は「そばというのはもともと食べたことがなかった。大分にはそば屋なんてないのだ。だいたい九州にそば屋がないのである」と言う。もちろん昔の話である。
タモリも「僕は出身が博多ですから、麺類となるとそもそもはうどん、博多うどんなんですよ」。それが「いま、週に4回、最低でも三回はそば屋へ行きます」
いったい蕎麦屋のどこがよかったのか。
「昼間の楽しみというやつだね。まずはビール、それから日本酒。これで癒される。そば屋って本当にいいものだなと思うのは、まさにこのときでね」

関西出身の作家中島らもも同じようなことを言う。
「昼さがりの人気のない店でもりそばを肴に冷たい一杯をやるのは東京人の粋であるようだ。ただし、あまり若い者のすることではない、と僕はずっと控えていた。(中略)一度やるとやみつきになってしまった。とにかく気持ちがいいのだ」
そしてその気持ちのよさを分析して言う。
「ここが肝心なのだが、そば屋には『酔っ払いがいない』のだ。見たことありますか?そば屋で大酒飲んで隣の客にからんだり、友人にかつがれて帰ったりしている人を」
確かに見たことはない。そうゆうやぼな客がいないのが、そば屋という空間なのだ。

他にもたくさん紹介したい話がある。例えばカレー蕎麦(カレー南蛮ではない)にこだわる吉行淳之介や、昼飯が全て蕎麦(ただし立ち食いそば)であることが細やかな幸せなのだと言う田中小実昌、酒の肴にと自宅で「そばがき」を作る島田雅彦などである。
画家や音楽家、芸能人から経営者まで総勢38人、各人各様のこだわりが思い入れたっぷりに語られていて、蕎麦の多様な魅力に気づかされる。そこに、地域や世代を越えて愛され続けるゆえんがあるのだと思う。
読み終わって蕎麦屋に行きたくなるのは当たり前、ただしどんな蕎麦を食べたいかは読者しだいである。これもそば、あれもそばである。

●夜蕎麦売 「守貞漫稿」.jpg


蕎麦うりの呼び声
 「そばきりゝ。」 「鹿の子餅」(明和9)
そばィそばィ引、ぶっかけなんばん。」   「髄酎気質」(文化2)風鈴蕎麦の声かすかに遠く、風につれて、 「はな巻、天ぷら、あられでどざゐ、そばィゝ引。「春告鳥」(天保8)
*時代とともにそばの種類がふえることがわかる。
▲風鈴蕎麦の圖 (守貞漫稿所載)







●深川江戸資料館-蕎麦 .JPG

 江戸川柳

「朝顔のひらいたを見ぬ夜そば売」
 「御屋敷の窓から蕎麦に釣を垂れ」
 「現金にかけを売るのは夜鷹そば」
▲江戸時代の蕎麦屋の屋台 
 (深川江戸資料館所蔵)


                     



●『鬼あざみ清吉』歌川豊国 名古屋市博物館所蔵 .JPGのサムネール画像のサムネール画像





▲三代歌川豊国の『鬼あざみ清吉』

 屋台には「二八そば」の看板。
 男は稀代の大盗人、鬼あざみ清吉。
(名古屋市博物館所蔵) 



蕎麦屋の屋台は簡単な屋根・柱つきの台で、
立ち売りをする移動可能な小さな店 



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このページは、青山富有柿が2019年2月24日 21:26に書いたブログ記事です。

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