第六話「天ぬき」

第六話「天ぬき」

江戸っ子は蕎麦にこだわる。注文のしかたから食べ方までいちいちうるさい。
その中で最もわけのわからないのが、「天ぷらそばの天ぬき」である。最初からかけそばを頼んだらいけないのか。
いったい何が違うのかと思って調べたら、「天ぬき」という江戸ことばを見つけた。
例によってウィキペディアから引用する。

「天ぬき・天抜き(てんぬき)は、天ぷらをのせたかけそば(天ぷら蕎麦)から蕎麦を抜いたもの。東京の蕎麦屋でも使われる江戸っ子言葉の一種。しぐさとしては野暮の骨頂であるが、それが転じて『粋人のあそび』として定着した」。

何のことはない、「天ぬき」の本当の意味は「天ぷら抜き」ではなくて「そば抜き」である。汁づけの天ぷらを食べるわけだ。天ぷらそばだと天ぷらをつまみに日本酒を飲んでいる間に、そばがのびてしまうからというのが主たる理由らしい。
ついでに言うと天ぷらから種を抜いたものを「たぬき(つまり種ぬき)」といい、たぬき(つまりは揚げ玉)を入れたかけそばを「たぬきそば」と言う。
蕎麦を除いて酒のつまみにする食文化は日本各地にあるらしいから、酒飲みの考えることはだいたい同じである。ただこれを遊び心と捉えて「通」とか「粋」に結びつけたところに江戸っ子の真骨頂がある。
ところでこの「天ぬき」、どの程度現代のお蕎麦屋さんに知られているのだろうか。
例えば越後へぎそばや山形板そばなど、江戸文化には関わりのない郷土蕎麦のお店で「天ぬき」を注文したら、いったいどんな反応があるのだろうか。
件(くだん)の江戸っ子が越後へぎ蕎麦のお店でこれをやったことがある。
 結論を言ってしまえば、店員は「天ぬき」なんて言葉はまったく知らなかった。下手に逆らって因縁でもつけられたらやっかいだと思ったのだろう、とりあえず言われた通りに出しておけ、とばかりにしばらくしたら普通のかけそばが出てきた(つまり文字通りの“天ぷらぬき”)。
粋な江戸ことばも、きちんと意味を調べて、なおかつその意味を分かってくれる所で使用しないと、粋どころかとんだ野暮なことになってしまう。
江戸っ子気質がなかなか見られなくなったのも、そんなところに一因があるのかもしれない。

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