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四谷区民ホール前の玉川上水の碑
四谷区民ホール前の玉川上水の碑
投稿者sibugakisibugaki さんの画像をもっと!   前回更新2022-11-1 1:29    
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史跡説明版(写真:左)
【玉川上水水番所跡】(たまがわじょうすいみずばんしょあと)所在地 新宿区内藤町八十七番地
 玉川上水は、玉川の羽村堰で取水し、四谷大木戸までは開渠(かいきょ)で、四谷大木戸から江戸市中へは石樋・木樋といった水道管を近く埋設して通水した。
水番所には、水番人一名が置かれ、水門を調節して水量を管理したほか、ごみの除去を行い水質を保持した。当時、水番所構内には次のような高札が立っていた。
         定
一、此上水道において魚を取水をあび
  ちり芥捨べからず 何にても物あらひ申間敷
  並両側三間通に在来候並木下草
  其外草刈取申間敷候事
 右之通相背輩あらば可為曲事者也
  元文四巳未年十二月   奉行

東京都指定有形文化財(古文書)
【水道碑記】(すいどうのいしぶみのき)
        指定年月日 昭和五年十二月
 玉川上水開削の由来を記した記念碑で、高さ四六〇センチ、幅二三〇センチ。上部の篆(てん)字は徳川家達、撰文は肝付兼武、書は金井之恭、刻字は井亀泉によるもので、表面に七八〇字、裏面に一三〇字が陰刻されている。
 碑の表面には明治十八年の年紀が刻まれているが、建立計画中に発起人西座真治が死亡したため、一時中断し、真治の妻の努力により、明治二十八年(一八九五)に完成したものである(裏面銘文)。


【四谷大木戸跡碑】(よつやおおきどあとひ)
 四谷大木戸碑(この説明版の裏側にある)は、昭和三十四年十一月、地下鉄丸ノ内線の工事で出土した玉川上水の石樋を利用して作られた記念碑である。
実際の大木戸の位置は、ここより約八〇メートル東の四谷四丁目交差点のところで、東京都指定旧跡に指定されている。
      平成二十四年六月  新宿区教育委員会

*玉川上水は、承応3年(1654) に多摩川の羽村堰〜四谷大木戸まで約43kmを開削
〈「羽村取水口」の標高は126m、43卆茲痢峪傭大木戸」は92mの自然流下〉
玉川上水は武蔵野台地の稜線を流れ南北に分水を引くことができ、33の分水が穿たれ、集落と新田開発に大きく寄与。

関連情報>
玉川上水ネット10周年事業
第5回 地区別展示・講演会  11月17日(木)〜20日(日)
http://plant2.qcweb.jp/tamagawajousui-net/index.html

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